大判例

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福岡高等裁判所 昭和36年(ラ)167号 決定

抗告人 佐藤三治

相手方 石原又次郎 外一名

主文

原決定を取消す。

理由

本件抗告の趣旨及びその理由は別紙記載のとおりである。

抗告人は昭和三五年七月一四日原裁判所に相手方八尋製材株式会社所有の原決定主文表示の不動産につき、相手方債務者石原又次郎に対する債権の弁済をうるため、抵当権実行の競売申立をなし、同裁判所は、昭和三五年七月二九日右物件につき、競売手続を開始する旨の決定を与え、即日熊本地方法務局四浦出張所に対し右競売申立の登記嘱託をなし、同出張所は右嘱託に基き、同年八月二日競売申立記入の登記をなしたこと、同裁判所は競売物件の最低競売価格を定めるため、土肥政人を鑑定人に選任し、目的物の評価を命じたところ、同鑑定人は調査の結果相手方債務者の申立による本件競売物件の現地は、五木村役場備付の字図表示の同所一五七二の一番(山陽パルプ株式会社の所有にして昭和三四年より松及杉の植裁された山林)の北部に位する檜の造林地に該当し、同地の檜の造林地は林野庁所管の国有林である旨の多良木営林署長よりの申立があり、且右土地は申請人国より被申請人沢田安吉に対する仮処分申立事件の目的物件である旨執行吏の公示札があり目下係争中であることが明白だから、本件競売物件の所在を判定し難く、従つて、不動産の評価をなし難き旨上申書を提出して評価せず、同裁判所は、更に鑑定人川崎尽に命じ、本件物件の評価を鑑定せしめたるところ、同鑑定人も亦、本件物件の現地について調査すべく昭和三六年一月二六日補助者二名を伴い現地であると思われる附近を踏査したが、現地の所在範囲を確認すること困難であり、従つて、本件物件を評価することができぬ旨の報告書を提出して評価せず、よつて原裁判所は昭和三六年六月一三日競売申立人(抗告人)に対し競売物件につき、特定認識できるよう証明され度き旨通知書を以て要請し、之に対し同申立代理人は競売物件の特定に就ての疎明と題する書面を原裁判所に提出し、右物件の所在は、右書面添付図面の[一五七二ノ二]とある箇所であつて、同添付の地理調査所作成の山林測量図による、端海野三角点を基点とし該図の示す方位角度に線を引きたる1より155を経て1に帰る線を以て囲繞せらるる地域である旨を明らかにしたが、原裁判所は右を以てはなお競売物件を具体的に把握し得ないし従つて之が評価もなしえず、結局、これを特定認識しえずとして原決定をなしたことは記録上明らかである。おもうに、競売法による競売事件が一部非訟事件たるの性格を具有することは疑を容れぬところであるから、競売法による競売手続に非訟事件手続法を準用するの余地があり、従つて、非訟事件手続法第一九条も競売法による競売事件に準用せられる結果裁判所は競売開始決定の裁判をなした後、その裁判を不当と認むるときは之を取消し又は変更することができるとする見解も固より根拠のあるところである。しかし乍ら、競売法による競売の申立があり、裁判所がその申立を理由あるものとして一旦競売開始決定を与えた時は、同法第二六条により裁判所は開始決定をなすと同時に職権を以て競売の申立ありたることを競売に付すべき不動産に関する登記簿に登記すべき旨を其の管轄登記所に嘱託すべきことを規定し、本件競売開始決定と同時に右登記がなされていることは前記認定のとおりである。この登記により、爾後本件競売物件につきその所有者が之を処分したとしても、右処分を以て競売申立人及び右競売により物件を取得した者に対し対抗し得ぬものとなるのであるから、裁判所がその後職権を以て右開始決定を取消すことを許すとすれば、右競売申立人や競落人が右決定によつて取得した法的地位はくつがえされることとなり、競売の利害関係人に不測の損害を蒙らしむるに至る場合も生ずるのである。のみならず、競売法による競売手続について裁判所が職権を以て手続を取消しうべき場合としては、同法第二六条第二項により準用せらるゝ民訴法第六五三条を挙げている法意に鑑みると、競売法による競売手続において裁判所が職権を以て競売開始決定を取消しうる場合は、民訴法第六五三条の場合に限るものと解するのが相当である。之を本件につき見るに、原裁判所は本件競売物件は特定認識することができないから、従つて評価もなしえず、競売手続を続行するを許さざるものとして競売開始決定を取消したものであるが、原裁判所としては競売開始決定後競売法第二八条により、鑑定人をして競売物件の評価をなさしめ其の評価額を以て最低競売価額とすべきであるが、右競売物件は競売申立書の記載するところにより、若し、右記載のみによりて競売物件を特定しえない場合は、競売申立人の指示に従うべく、亦、之を以て足るのである。若し、競売申立人の指示する物件及びその範囲につき之と異る権利の主張があつても、之を顧慮する必要はないのである。蓋し、競売申立人の指示する物件及びその範囲につき、之と異る権利内容を主張する者は別訴において之を争うか或は右開始決定に対する異議を申立てることにより自己の権利を擁護しうるのである。而して、本件競売物件の所在及びその範囲については、曩に認定したように、競売申立人の代理人より図面を添付して詳細指示せられているのであるから、右物件につき別訴において国との間に係争中であるとの理由を以て之が特定認識しえずとなすは不当である。須らく、原裁判所は競売申立人の前記指示に従い、鑑定人をして本件物件の評価をなさしめ、以て競売手続を続行すべきものであるに拘らず之と見解を異にし、競売開始決定を職権を以て取消たのは違法であつて到底取消を免れないものである。

よつて、本件抗告はその理由があるから、主文のとおり決定する。

(裁判官 高次三吉 秦亘 木本楢雄)

別紙

抗告の趣旨

原決定を取消す

との裁判を求める

抗告の事由

第一、原決定は法規に基かざる違式の決定であると解する

凡そ担保権実行は売却権の行使である(兼子強制執行法二五四頁)仮に売却権というものを認められないとしても(齊藤秀夫法律学全集39競売法三八頁)競売裁判所という国家機関を介して担保権の効力実現を為す訴訟法上の行為である、従つて競売裁判所が担保権者の為したる競売申立を受理して一旦競売開始決定を為したるその決定はそれが送達せられた以上発効しその決定に対し債務者又は物上保証人の異議或は担保物に対し所有権を争う者の異議申立がありその異議事件の異議を認容した裁判の確定したばあいの外これを取消し得ない。このことは民事訴訟法第二〇七条において決定には其の性質に反せざる限り判決に関する規定を準用すと定め同法第一八八条において、判決は言渡しに因りて其の効力を生ずと定め同法第一九三条の二において法令違背の判決の変更同法第一九四条において違算書損等の明白な誤りあるばあいの更正決定を許したる以外は其の効力を否定し得ない定めになつていること及び競売法は所謂非訟事件手続法の一種ではあるが同法は物上担保権者が又は其の他の者が法律に依りて付与された権利又は法律上享受する権能の実行に関する手続を規定したもので競売法中反対規定がなく、またその性質の許す限りは、強制執行に関する民事訴訟法の規定を準用すべきものである而して不動産に対する強制執行たる競売は同法第六五三条第六五六条の定め以外に競売手続を取消すことのできる規定はないこととを併せ考えて窺知されるのである。従て原決定は違法の決定である。

(大判大正二年六月十三日決定=民録一九輯四三六頁所載。外同旨の決定は数多く上記の競売法の性質は判例法の確立しているものである)

第二、競売法は実体権の有無並に其範囲に関する当事者間の争訟を裁断するを以て目的とするものではない(右大正二年六月十三日大審院決定御参照)

従て競売裁判所の競売目的物に対する実質的調査は判決裁判所の行うが如き権利の帰属に関する調査ではなく競売申立人が競売機関に対し競売を請求する権利を有するや否やの判断であり結局国家機関たる競売機関を利用し得るか否かの問題である、従てこの調査はその資料を競売申立人の提出する疏明に求むべきである、換言すれば競売手続を開始するに足る実質的権利ありや否やを推認するに足る調査であつて、此の権利関係の確認を目的する調査ではない

原決定は裁判所の選任したる鑑定人が申立土地の所在が判明せず評価不能と報告した事実に基き競売申立地域が不明であると為し、土地登記簿の記載は土地の実在の絶対の保障ありとは言えない、申立土地について国と所有者との間に所有権の係争事件が存在することを申立人の提出資料によつて認められる、因て本件申立土地なるものが特定認識し得ないのでこれを具体的に把握することができないと認定している。然し乍ら申立人が提出した「競売不動産の特定に就ての疏明」書添付の字図写によれば、右疏明書添付の図面中一五七二ノ二とある箇所と同一の地域が五木村役場及熊本地方法務局四浦出張所の公簿たる字図に載つていることが明らかに認められ、又不動産登記簿上にも一五七二ノ二という土地が載つているのである。又此の登記簿の記載によれば、分筆前の一五七二番は昭和八年十二月十六日人吉区裁判所にて競売され志戸本敬作が競落に因り所有権を取得し爾後現所有者八尋製材株式会社はその分筆の一たる一五七二の二を、山陽木材株式会社は一五七二の一、農林省の開拓地一五七二の三の各所有となりたるは明らかである。而してこの人吉区裁判所の競売については、当時登記簿及字図、公課証明等により競売物件が特定せられたるものは競売裁判所の事務取扱に徴して容易に窺知しうるところであり、此の競落によつて所有権の紛争は生じなかつたのであるから申立人の指示する地域が一五七二の二の土地たることは動かぬ事実である。評価人の如きは裁判所が指示したる地域の評価を任務とし、評価すべき地域の実在を探索する任務も無く、又その探索の能力技術を必ずしも有しない。従て評価人が評価すべき土地を調べたが判明しなかつたというだけで其の調査がいかなる資料に基くものかも挙げていない一片の報告書を土地の実在の有無を認定する資料とすることは証拠の判断を過つたものである。

競売裁判所は評価を命ずるに当つては、評価すべき地域を特定指示してその評価を命ずべきである、若し夫れ裁判所において此の特定指示が資料不足で不能のばあいは宜しく申立人にその資料を提出せしむべきである。

本件申立にかかる一五七二の二の山林については熊本営林局長より該地が国有なる旨原審に届出が為され又現所有者八尋製材株式会社からは国と係争中なるを以て競売の停止を求むとの願出が為されている而して現地には或は樹木の肌に或は岩石に国有とペンキで書かれたり、石原山とか随処に書かれている、従て事情を知らざる評価人の如きには現地を特定し得ないのである、これが前示の評価地不明の報告となつたのである。

そこで原裁判所は昭和三十五年八月十八日申立代理人に対し鑑定人において現況が掴めないとの事なれば現況を知る者が出向いて鑑定人に指示して欲しいとの通知を発したので右代理人は現地を明確に把握しうる測量図を提出して之を鑑定人に付与して評価せしめられんことを求めたのであるが原裁判所は何故か評価人川崎尽を選任し評価を命ずるにあたり之を付与して競売地を指示することをせず漫然現地を指示せず評価を命じたため同様評価不能となつたのである。

原裁判所は昭和三十六年六月十三日申立人に対し更に特定認識可能の証明を求めた。因て申立人は同年同月十五日附の前示疏明書を提出し土地の事情を詳述し其の資料を提出したのである。然るを以て原裁判所は此の疏明されたる地域について再度評価を命ずべきであるのに此の手続を取らざりしなりこれ不当に競売手続を避止したるものにして決定は違法であると信ずる。

不動産登記簿の記載は土地の実在の絶対的保障と言えないと言うも、いかにも登記簿のみではそうであるが、土地の実在は登記簿、字図、土地台帳等を資料として認定すべきである。我国に於てはこれら公文書を離れては別に土地の実在を証するものはないのである、仍て不動産登記簿の記載は土地台帳及び字図の記載から土地を特定し申請に因て為さるる事実から推測して一般に登記簿上の所有名義人は反証のなき限りその不動産を所有するものとの推定をうけると考えられている、昭和三十三年(オ)第二一四号昭和三四、一、八最高裁第一小法廷判決もこのことを判示しているのである。何故に斯る推定を必要とするかと言はば、それは、本邦の土地制度に於て土地所有の地域を明確に定めた公簿はなく、山林の字図の如きは径々誤謬あるを以て信憑力薄き次第であるが去りとて是等を何れも信憑力なしと捨て去るにおいては、混乱を生じ土地制度が崩壊する危険があるからである。元より万全の策にあらず次善の策なるも秩序維持上取らざるを得ざるところなり原決定の如く登記簿も土地実在を証明する資料とならずと言はば、競売申立人は何によつて土地の実在を証明し得るや、競売物件につき争なくば即ち安易なるも争あるに於ては土地を特定しうる資料は到底挙げ得ざるなりそれをしも強て疏明せしめんとすれば人証以外になからん、然れども証人の如きは権利関係を熟知するものにあらず、結局不能を強ゆるものであり競売法の要求するところにあらざるなり、競売手続に於ける実質的調査は、競売手続を進行せしむるに必要なる限度に止むべきである。(福岡高裁決昭和二八年九月七日、下級民集四巻一二五九頁)

競売法が申立要件としている、競売に付すべき不動産の表示中に土地の実在箇所を特定せしむる法意あることは窺知せらるるも、これは抵当権者が抵当地として抵当権設定者から指示された土地の表示と解すべきである。絶対の保障を求めたものではない。原決定は「土地は他の土地と区別されるため一定の客観的な境界を固有する存在」と言うが、その意味では本件申立地もこの客観的境界を固有する存在なのである、即ち北は八代、球磨の郡界であり南は山陽木材株式会社所有林であり東は開拓地、西は溝口、野々下等の民間林であり一部は国林あるも谷が南北に走り境界を為している、申立人は此の区域を更に明確にするため方位角度距離を記入したる詳密なる測量図を原審に提出している。故に競売に付すべき土地は特定し裁判所が指示可能の状態に在るのである。これを無視して土地特定の疏明なしとせるは、疏明資料に基かざる判断を為したるものにして疏明に基かざる決定たる違法がある。

更に競売に付すべき土地として申立てたる地域は上記の如く特定し居り唯その所有権を国が争うものなることは熊本営林局長の原裁判所に提出したる申立によりて明らかである。然るに原決定は特定地域の所有権の紛争があるのではないと認定している、斯の如きは証拠を無視した認定であり事実誤認である。

第三、競売開始決定に当り競売の対象物を具体的に把握せねばならぬとの論は肯認し得るもさりとて現在の土地制度にありては競売の対象物を具体的に把握する満足な方途のないことを反省せねばならぬ

第四、申立人も競落人の損害救済手段が別に存することを理拠として競売申立要件を緩にして可なりとは論じない、権利の行使は誠実になすべきであることは言うを待たない。然し現行競売法はその不完備の部分を強制執行法を以て補充するという判例法があり学説の通説も之を容認している以上、競売目的物につき所有権を争う者は訴の方法によるか仮処分の権利保全手続による救済を求むる以外に道なしと解するのである。

要するに原決定の論理は競売手続遂行の理念としては傾耳すべきものあるも、本件事案の判断としては調査不尽事実及法解釈の誤認違法ありと解する次第なり

仍て本抗告に及びたる次第なり

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